私が中小企業診断士になった理由~その1

 

初対面の方に、よく聞かれる質問は3つです。

「中小企業診断士って何をするんですか?」

「中田さんは、どんなお仕事をされているんですか?」

「なぜ、中小企業診断士になろうと思ったのですか?」

 

続いて、

「どうして独立したんですか?」

「前は何をしていたんですか?」

 

あまりにもよくご質問をいただくので、
今日から私が診断士資格を取得した経緯と、独立までの道のりについてお話ししたいと思います。

 

職員2,000人超の独立行政法人から、社員200人の中小企業へ

私が前職の食品メーカーに就職したのは、2008年3月でした。
結婚を機に長野県松本市に引っ越してきて、
最初こそ専業主婦としてスローライフを楽しむ気満々だったのですが、
なにしろ、親戚も友人も全くいない、初めての長野県。
まだ子どももいなくて、働いてもいないとなると、ほぼ人と接点がありません。
社会から隔絶された感がすごかった。

まだ27歳、友達はバリバリ第一線で働き、キャリアを積んでいます。
すぐに専業主婦に焦りを感じ、ハローワークで仕事を探して某S社に入社したのでした。

同社では、欠員補充の中途入社で商品開発課に配属されます。
先輩は、一つ年下の女性一人だけです。
上司は別の課の係長で、開発課もまとめて面倒を見てくれました。

職員2,000人超の独立行政法人から、社員200人の中小企業へ。

官民の違い、大組織と中小企業の違い、東京と田舎の違いにカルチャーショックを受けながらも、周囲の人に恵まれて楽しい会社員生活を送っていました。

半年後に妊娠が発覚した時も、嫌味ひとつなく温かく送り出してくれて、当時はまだ同社では珍しかった産休育休も取得しました。

1年後に仕事復帰。

再び、入社研修に準じた「育休復帰研修」を受けることになりました。

 

開発なのに…現場が分からない劣等感

最大の転機は、先輩社員の退職でした。

私の育休復帰を待たずして、長野を飛び出し、大手メーカーへ栄転。
今まで先輩社員にどこか頼っていた私が、
復帰早々、1人部署を背負っていかなければならない立場に置かれたのです。

逆に言えば、手柄を立てるも自分の腕次第。
一旗揚げたいと思っていた若き日の私にとっては、まさにピンチはチャンスでもありました。

「育休復帰研修」は、入社研修をほぼなぞるOJTでした。
同社は、だれが入社してもだいたい同じお決まりのコースを回るOJTが9割。
安全衛生や一般衛生管理、就業規則の説明などの座学が1割です。

ちなみにパートさんだと、現場を数日単位で回るOJTはカットされ、いきなり配属先に入れられます。

わたしにとって2回目の現場OJTはしかし、思った以上に有意義なものになりました。

入社時は、何が分からないかも分からない。
いきなり現場に放り込まれて、担当者には「構ってる暇はないもんで」と言われて放置される。
教えてくれるのはパートさんで、とりあえずの作業をやらされる。

開発の仕事もOJTで覚える中で、ミーティングで飛び交う専門用語や、社内独特の言い回しなどを少しずつ理解していきました。

しかし、工場のラインのことを本当にはよく分かっていなかった。

開発なのに、現場のことをよく分からない。

そんな劣等感を克服するのに、2回目の現場OJTが役立ったのです。

実際に開発の仕事をする中で分からないことが分かってきた。
だからこそ、疑問点をクリアにしながら臨む現場OJTは有意義だったのです。

 

私が教育訓練、教育研修に目覚めるきっかけは、これでした。

 

次回は、2度目の産休育休と、初めての新卒採用がバッティング!!
ピンチに追い込まれた私が新卒育成のために準備したことを振り返ります。

 

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