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目に見える形で表すことは、励ましにもなる

 

こんにちは。中田麻奈美です。

 

前回ブログからも、相当空いてしまいました。
落ち込みというより、多忙すぎました…
相手の都合を優先するあまり、自分がつぶれるタイプです。

この信州でさえ、日中は暑すぎて熱中症が多発しているのですから、
自分がまず元気でいなければ人を支えることなどできないですね。
8月以降は予定の調整をよくよく考えたいと思います。

今日は、お盆帰省の新幹線を予約しました。
さすがに忙しすぎて今年は帰っている場合ではないと思いましたが、
やはり家族・親戚と過ごす時間を取るために働いているので、
手段と目的を間違えないようにしようと覚悟を決めました。

 

先月亡くなった伯母の初盆でもあります。

 

30代前半までは、冠婚葬祭といえば結婚式でした。
毎月花嫁より早起きして上京していた時期もあります(笑)

 

しかし、ここのところ身内が欠けるようになり、
ずっと出番のなかった喪服を着る機会も増えました。

先月の伯母の葬儀、3年前の父の葬儀、
いずれも非常に近い身内です。

 

失意のどん底で私を救ってくれたのは、ずらっと並んだ供花だった

父が亡くなったとき、当初家族葬にしようという話も出ました。
銀行を55歳で定年退職してから10数年が経過していて、現役世代でもなかったからです。

しかし、定年後のパートとはいえ再就職もしており、
結果的には多くの方が見送りに来てくださいました。

当時の勤務先はもちろん、銀行のOB会や頭取のお名前でも供花が届きました。
私や妹の勤務先、それぞれの旦那さんの勤務先からも。

特に妹夫婦はともに地元大学病院の医師でもあったため、
葬儀場がびっくりするほどたくさんのお花が運び込まれました。

 

「お父さん、娘たちは職場からこんなに丁寧にしてもらえるほど立派に育ちました」

そんな気持ちがこみ上げてきました。
これを手配してくれたのであろう総務課の係長の顔が浮かびました。
父の急逝を心から心配してくれているだろう社長の気持ちも伝わりました。

妹の関係は、すべて所属先の秘書さんが手配してくれたようでした。
そのいたわりの気持ちが、とても嬉しかった。

そして、見慣れた親戚の名前が祭壇に寄り添うようにずらっと並びました。
年賀状の宛名面を並べたような感覚でしょうか。
私は親族がとても多いうえに関係が濃いほうです。

私たち遺族には、こんなに支えてくれる身内がいるんだと、包まれるような安心感がありました。

 

現金よりも嬉しい、名前という励ましの形

お香典も同じことです。
中に添えられた現金よりも、香典袋のお名前に励まされました。

私の会社関係の香典袋は、ほとんどが件の総務係長の見慣れたきれいな筆跡でした。
彼女が私のために全て取りまとめてくれているんだと思い、
もともと一番仲が良かった方でしたが、本当に心から感謝があふれてきました。

また、中には○○部一同ではなく、個人的に包んでくださった方々もいました。
その、単独のお名前。
お金じゃないんです、そのお一人お一人のお名前。
それこそが私を悲しみの底から引き上げてくれました。

代表者が何通も書いてくれているケースもあります。
高齢の親戚に代わって、遠方の兄弟に代わって、
○○姉ちゃんがすべて手配してくれたんだな…
そんなありがたさをしみじみと感じたものです。

 

思っているだけではなく、
目に見える形で気持ちを伝えるって本当に素敵です。
目に見える形でなければ、気付かなかった。

そしてそれは本人だけでなく、周りを励ますこともあります。

 

難しいことではない。
ときに、ただ名前を添えるだけでも気持ちが伝わる。

「私はあなたのそばにいるよ。味方だよ。」と伝えることができます。

 

社内コミュニケーションにも活かせそうですね。

 

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